何のために命を使うのか|人生に「芯」が欲しい人へ
- ソライルの視点

記事の監修
IT・WEB集客の専門家
波多野 明仁(Akihito Hatano)
WEB業界歴20年以上。大学生の頃に約50サイトを制作・運営して収益化。ITシステム開発会社でSEを6年間経験したのち独立。東証プライム企業をはじめ、これまでに4,000サイト以上を改善。自社メディアの制作・運営で培ったアクセスアップのノウハウを、クライアント企業のWEB集客に活かしている。1年でアクセス数が715倍になった企業、売上が25倍になった企業など、法人実績多数。
こんにちは、株式会社ソライル Web集客コンサルタントの波多野です。
「志(こころざし)」という言葉、普段の生活ではあまり聞かなくなりました。戦後の教育のなかで、だんだん使われなくなった言葉だと言われています。だからどこか、特別な人のものという印象があるかもしれません。そんなことはなく、志は誰でも持てるものであり、持つと人生が根本から変わるものだと私は考えています。志を持つと何が変わるのか、順番にお話しします。
夢・目標・志は、何が違うのか
まず、言葉の整理から始めます。「夢」「目標」「志」。似ているようで、この3つはまったく別のものです。
- 夢——個人的なもの。「豪邸に住みたい」「スポーツカーに乗りたい」は、夢です。
- 志——自分を超えたもの、社会的なもの。同じ車の話でも、「レーサーになって、子どもたちに夢を与えたい」となれば、それは志です。
- 目標——道標(みちしるべ)。目的そのものではなく、そこへ向かう途中の中間地点です。
簡単な見分け方があります。言葉を入れ替えてみるのです。「私の夢は、豪邸に住むことです」。違和感はありませんよね。では、「私の志は、豪邸に住むことです」。どうでしょう。どこか、おかしい。この違和感の正体が、夢と志の違いです。
つまり、夢と志の違いは「大きさ」ではなく「向き」です。どんなに大きな豪邸でも、自分のためだけなら夢。どんなに小さなことでも、自分を超えた誰かに向かっていれば、それは志の芽です。
たとえば、スーパーでレジを打ちながら、「にこにこと働いて、周りの人に幸せを届ける。そうやって世界に貢献する」という志を持っている人がいたら、素敵ですよね。行いは小さくても、向きは世界に向いている。小さいけれど、とても大きい。志とは、そういうものだと思います。
志を持つと、何が変わるのか

私は「世界平和」という志を持って、もう10年以上になります。その経緯は、前回の記事「Web屋が世界平和を語る理由」に書きました。実感として、変わったことは大きく3つあります。
①すべての判断に、芯ができる
何を学ぶか。何を優先するか。時間を何に使うか。志を持つ前は、こうした判断をその場その場の損得で決めていました。志を持ってからは、「それは志に近づくのか」というひとつの物差しで判断できるようになりました。判断のコアができる、と言ってもいいと思います。迷いが減ると、心が安定します。
何をやるかより、何のためにやるか。WHY(何のため)さえ定まれば、WHAT(何をやるか)は、無限にあっていいのです。向きさえ合っていれば、どの道を選んでも、志への一歩になるのですから。
②出会いが変わる
志を持つようになると、出会いが変わっていきます。志を持つ人同士は、初対面でも共感しあえます。そして「応援したいです」という繋がりが、自然に生まれる。「儲かるから組む」という繋がりとは、深さが違います。損得の縁は、うまくいっている間だけのもので、どこか虚しい。志で繋がった縁は、応援し合う縁です。
考えてみれば、これは不思議なことではありません。志とは、一人では達成できない大きさの目標です。だから志を持つと、人との繋がりも、自分自身の成長も、必要に迫られて自然と増えていく。意識して人脈を広げようとしなくても、出会いのほうが広がっていくのです。
実際、振り返ってみると、志を持っていなかったら出会わなかった人が、私にはたくさんいます。ご縁が次のご縁を連れてくるような、素敵な出会いが増えていきました。
ひとつ、実例を。私は以前、世界的に活躍されているデザイナーの方のお仕事を、お手伝いさせていただいたことがあります。きっかけは、実力を評価されたからではありません。志を持つ人たちの集まりに私がいて、そこで気に入っていただけたから。それだけです。
経験して分かったのですが、上のステージにいる方ほど志を持っていて、志のある若手を応援したいと思ってくださっています。だから志を持っていると、実力の積み上げだけではたどり着けないルートに、ときどき「ワープ」できるのです。大きな志は、コツコツの積み上げだけでは届きません。どこかでワープが必要です。その扉を開けてくれるのが、志のご縁だと思っています。
それに、志を持っている人には、いい人が多い。そう書くと、自分のことを「いい人」だと言うようで気が引けるのですが、実感なので正直に書いておきます。
③生きがい・やりがいが、爆上がりする
大げさに聞こえるかもしれませんが、実感としてこの表現が一番近いのです。使命とは、「何のために命を使うのか」ということ。何のために生きるのかが定まっていると、日々の活動がその一部になります。
正直に書くと、良いことばかりではありません。道のりの遠さに、気が遠くなることもあります。世界の闇を見て、無力感に打ちひしがれることもあります。自分を超えたものを想うということは、向き合う闇も大きくなるということだからです。それでも、その悩みも、落ち込みも含めて、生きている実感があります。人生の質そのものが高まっている、と感じています。
不思議なことに、夢は「通過点」になる
「志を持ったら、個人的な夢は諦めるべきですか」と聞かれることがあります。いいえ、諦める必要はありません。夢と志は、両立します。
それどころか、不思議なことが起きます。志に向かって進んでいると、個人的な夢のほうが、通過点のように自動的に叶っていくのです。私の理解では、これは志のほうが夢よりも抽象度が高く、エネルギーが大きいからです。大きな流れに乗ると、小さな目的地は通り道になる。うまく説明しきれない部分もあるのですが、体感として、これは本当です。
前回の記事で「世界平和はゴールではなく通過点に置くと叶う」と書きましたが、それとまったく同じ原理です。より高いものを上に置くと、その下にあるものは「通り道」に変わるのです。
ただし、イージーモードではなくなる
志を持って損をしたことは、振り返っても思い当たりません。ただし、ひとつ確かなことがあります。志を持つと、人生はイージーモードではなくなります。
志は、今の自分のままで達成できるようなものではないからです。自然と、自分を鍛える方向、成長する方向に進むことになります。楽な人生ではなくなる、と言ってもいいでしょう。でも、使命があると困難に立ち向かう力が湧いてくる。そしてその道のりは、案外、楽しいものです。
志は、いきなり持てなくていい
「そうは言っても、自分の志なんて分からない」。そう感じたあなたへ。それが普通です。安心してください。
そもそも志とは、簡単に言えば「世の中を良くしたい」という想いです。その想いなら、実はみんな、心のどこかに持っています。ただ、言葉になっていないだけ。そして面白いもので、言語化すると、志は表に出てきて働き始めます。
実は、いきなり「あなたの志は何ですか?」と聞かれて答えられる人は、ほとんどいません。志にたどり着くには、その前に考えるべき問いがあるからです。世の中の何が問題だと感じるか。どんな世界だったらいいと思うか。自分自身の課題は何で、どんな自分でありたいか。外の世界と自分の内側、その両方の「闇」と「光」を見つめた先に、初めて自分の志が見えてきます。
これは、あくまで私のやり方です。他にも道はあるでしょう。ただ、こうした問いを自力で立てて、ひとりでたどり着ける人は、ほとんどいないと思います。
ソライルでは、この問いを順番にたどって志を言葉にする「立志ワーク」を、ご希望の方に1対1で提供しています(現在は無料です)。各国の大統領や国連事務総長まで輩出してきた世界的なリーダー育成組織。その世界会頭を務めた日本人の側近から、私の師匠が受け継いだワークが原型で、私自身も長年、講習で行いながら改良を重ねてきました。受けてくださった方の感想は、Googleの口コミでもご覧いただけます。
Webのご相談とは関係なく受けていただけます。「自分の志を言葉にしてみたい」という方は、お問い合わせフォームから「立志ワーク希望」とご連絡ください(1対1で行うため、お受けできる人数には限りがあります)。
結び:何のために命を使うのか
最後に、この記事の要点をまとめます。
- 夢は個人的なもの、志は自分を超えたもの、目標は道標。違いは大きさではなく「向き」。
- 志を持つと、判断に芯ができ、出会いが変わり、生きがいが爆上がりする。
- 夢と志は両立する。むしろ志を持つと、夢は通過点のように叶っていく。
- 人生はイージーモードではなくなる。でも、困難に立ち向かう力が湧き、その道のりも楽しい。
- 志はいきなり持てなくていい。外の世界と自分の、闇と光を見つめる問いから始まる。
ところで、「何の仕事をしていますか」と聞かれることは多くても、「何のためにしていますか」と聞かれることは、ほとんどありません。でも、「何のため」のない仕事に、やりがいは生まれるでしょうか。
それに、きれいごとに聞こえるかもしれませんが、志はビジネスの面でも力になります。あらゆる商品やサービスが似てくる、コモディティ化の時代に、「何のため」は、簡単には真似できない差別化になる。お金のために志を持とう、などと言うつもりはありません。ただ実感として、志のある企業は、強く、長く続きます。
使命とは、「何のために命を使うのか」ということ。この問いに、自分なりの答えを持って生きるかどうか。それは、人それぞれの自由です。ただ、いまの毎日にどこか物足りなさを感じているなら、志を持とう、と私は言いたいのです。
続きの話
第3弾: 利他は、他人のためじゃない|「相手も含めて自分」という考え方
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